「やりたいことが見つからない」
「何か始めたい気持ちはあるけれど、何から手をつければいいのかわからない」
そんな声をよく聞きます。
やりたいことが明確にある人の発信を見ると、つい焦ってしまうこともあるかもしれません。でも、常に大きな目標を持っていなければいけないわけではありません。
穏やかに暮らしたい。
日々を丁寧に生きたい。
それも立派な望みです。
それでももし、心のどこかで「何か始めたい」と感じているのなら、その感覚は無視しなくていいサインかもしれません。
まずは“未来からの問い”を使ってみる
やりたいことが見つからないとき、私はこんな問いを使うことがあります。
「もし今の延長線上で10年後を迎えたとしたら、少し物足りなさを感じるとしたら、それはどんな部分だろう?」
大げさな想像をしなくても大丈夫です。
・やってみたかったけれど後回しにしていること
・なんとなく気になっている分野
・時間があれば触れてみたいテーマ
そこに、あなたの“種”があることが多いのです。
やりたいことは、最初から明確な目標として現れるとは限りません。
「少し気になる」という小さな感覚から始まることがほとんどです。
思いつかないときは、もっと軽く
未来を考えても何も浮かばないときは、もっと軽い方法でかまいません。
たとえば、ユーキャンやストアカなどの講座サイトや本屋さんの棚を眺めてみる。
その中で、少し心が動くものを見つける。
ポイントは、「役に立つかどうか」よりも、「心が軽くなるかどうか」です。
大人になると、回収できるか、成果につながるかを先に考えてしまいがちです。けれど、最初の一歩はそれほど重くなくていいと私は思います。
好奇心は、合理性より少しだけ曖昧な場所にありるかもしれません。
始めても、やめてもいい
新しいことを始めるとき、私たちは無意識にこう考えがちです。
始めたなら続けなければ。
やるなら極めなければ。
人に言ったなら結果を出さなければ。
けれど本当は、
始めてみて違ったらやめてもいい。
やってみて合わなければ方向を変えていい。
人生は検証の連続です。
私自身も、幼い頃に音楽教室に通っていましたが、途中でやめました。それでも「音楽が好き」という感覚は残り、後に別の形でつながっていきました。
そのときは点に見えても、あとから線になることがあります。
“のぞき見”くらいの気軽さで
新しいことを始めるときは、
「のぞき見」くらいの感覚で十分です。
少し触れてみる。
合えば続ける。
違えば離れる。
その軽やかさがあると、自分の感覚を大切にできます。
やりたいことは、探し当てるものというより、試しながら見えてくるものなのかもしれません。
やりたいことは、探し当てるものではない
やりたいこと探しをしている人は、ある日突然見つかることに期待しすぎかもしれません。
そんなにドラマティックに思いすぎず、焦らなくても大丈夫です。
今日、少し心が動いたことを、
ほんの少しだけ試してみる。
それだけで十分です。

